保険調査官のススメ『Return of the Obra Dinn』

■保険調査官になろう

「できないことが、できるって、最高だ。」そんなキャッチコピーのゲーム機のCMがあった。山田孝之ロケットパンチを打ち、空を飛ぶこのCMは荒唐無稽な行動もゲームならできるし、それができるゲームって素晴らしい…このCMが言いたいのはそんなところだろう。

 

でも、ゲーム内でキャラクターを動かし、極太ビームを打ったところで、プロサッカークラブに入って世界的な有名選手になったところで、伝説の木の下で才色兼備なピンク髪の幼馴染に卒業式の日に告白されたところで、「ゲームで違う自分になれた!」「藤崎詩織俺の嫁」とはならないだろう(いや、後者についてはどうだろう)。

ゲーム体験とゲームを遊ぶ自分ってのは、実ははっきりとわかれていて、このゲームではこんなことをします、というのはゲームの設定を説明する以上の意味をもたず、こんなことが疑似体験できますという意味とは大きな隔たりがあるように思う。

 

さて、今回、紹介する『Return of the Obra Dinn』(オブラディン号の帰還)も例外ではなく、プレイヤーは保険調査官となってオブラディン号に残された謎を解くわけだけど、ちょうど保険調査官になりたかったんだよね、または、ああ保険調査官ね、最終面接で落とされてなかったら今頃保険調査官だったかな、いっちょ昔を懐かしんでこの保険調査官になれるゲームをやってみっかという動機づけをする人がどれだけいるんだろう。

実際、保険調査官ゲームですと言われて興味をひかれる人は少ないと思う。

 

だが、数年前に消息不明となった乗客乗組員総勢60名の商船が無人となってあなたの町に漂着したとしたら?その謎を解き明かすのが保険調査官のあなたの手にゆだねられたとしたら?決して少なくない乗員がいた商船の行方不明事件、当時大いに世間を賑わせ、様々な憶測を生んだことだろう。やがて事件は未解決のまま語られなくなり、当時の関係者にはささくれのように心に残り続けていたことだろう。

永遠に解けないと思われた事件の真相を究明する機会が、商船の漂着により訪れた。その謎を解き明かすのは他ならないプレイヤー。

 

集団神隠し、消息を絶った大型帆船の謎、未解決事件、こうした心くすぐるワードを前にいっちょやってみようか、とならないのはとんだ玉無し野郎か、さんざん事件を解決してきて、もう厄介ごとにかかわるのはうんざりな老探偵くらいのものだろう。

幸い、我々は玉無し野郎でもくたびれた老探偵でもないはずだ。さあ、保険調査官になろう。保険調査官になってオブラディン号の謎を解き明かそう。

 

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いざオブラディン号へ

 

 

■オブラディン号の謎を解け

さて、晴れて保険調査官としてオブラディン号に乗り込んだプレイヤーが真相究明のために与えられた武器は、死者の残留思念に反応し、死の瞬間を映し出す謎の懐中時計と船の乗客や経路、不完全な形で事件のあらましが書かれた手記の二つ。

ゲームは、死者の残留思念を辿り、死の瞬間を目撃してこの不完全な手記を埋めていくことで、進行していく。

 

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死体を発見し、死者の残留思念を辿ることで真相に近づこう

 

 死体を次々と発見し、死の瞬間に立ち会い、手記を埋めていくことは実はそう難しいことではない。ただし、130ページ超の手記の空白を埋めれば、真相に近づける、そう簡単なものではない。そうであるならこの調査の依頼人もわざわざプレイヤーの手を煩わせることはなかっただろう。

断片的な死の瞬間を繋ぎ合わせ、事件の空白を埋めた先には相も変わらず膨大な謎が横たわっている。すなわち、この死体は誰で、いったいなぜ死に至り、その死をもたらしたのは何者か?あるいは何なのか?という謎が。この謎を解くことこそがプレイヤーに課せられた使命であり、ゲームの目的なのだ。

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二人の男の争いの末に一方が死亡した。殺された男は誰だ?殺した男は…?

 

■プレイヤーの武器は謎の懐中時計と手記と…

オブラディン号の乗組員は51名、乗客は9名。実に60名に上るわけだが、乗員すべてを特定するのは容易ではない。死の瞬間に立ち会うことはできてもそれが手記の中に記された名簿の中の誰かなんて、だれも教えてくれない。プレイヤーがあの手この手で推理するしかない。そう、いかに超常的なアイテムを与えられようと、事件の空白を埋めるのはプレイヤーの推理力・洞察力であり、本作が骨太な謎解きゲームとして評価される所以である。

眼前に広がる夥しい死体の山と多くの謎、それに立ち向かうためには結局のところ自らの推理力を武器に手掛かりに向き合うしかない。

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乗員名簿。60名全員の安否確認は果たせるのか

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在りし日のオブラディン号を描いたスケッチ。これは名簿の中の誰なのか…?

 

■大切なのは真実へ向かおうとする意思

 アバッキオ「…ああ」「その……」「なんだ…」

警官「なにか?」

アバッキオ「いや…その、参考までに聞きたいんだが」「ちょっとした個人的な好奇心なんだが」

アバッキオ「もし見つからなかったらどうするつもりだい?」「『指紋』なんて取れないかも………」
「いや…それよりも見つけたとして」「犯人がずる賢い弁護士とかつけて無罪になったとしたら」「あんたはどう思って……そんな苦労をしょいこんでいるんだ?」

警官「そうだな…わたしは『結果』だけを求めてはいない」

警官「『結果』だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ…近道した時真実を見失うかもしれない」「やる気も次第に失せていく」

警官「大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている」「向かおうとする意志さえあれば、たとえ今回は犯人が逃げたとしても、いつかはたどり着くだろう?」「向かっているわけだからな…違うかい?」

ジョジョの奇妙な冒険 コミックス59巻より)

 

 

突然の『ジョジョの奇妙な冒険』5部からの引用。しかし、ここには本作を楽しむ上での本質が示されており、その本質こそが『オブラディン号の帰還』を名作たらしめている。

高難度な謎解きゲームである本作には実は“抜け道”が用意されており、「殺害した人物と死因はわかったが死んだのが誰かわからない」、「このロシア人はどっちのロシア人だ?」という時に、絞り込んだ人物を手記にあてはめ、シャッフルし、正確な安否が3人ほど入力出来れば調査は進展し、正解であることを教えてくれる。

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投げっぱなしな本作にある救済措置。作者は3名ごとではなくもっと増やしたかったかも

だが、これは言わば上記引用での“結果”だけを求める行為であり、“近道”である。やはり、自らの足で調査を行い、強い意志をもって謎に立ち向かってもらいたいし、そうすることで真実に近づき、謎を解く喜びを得ることこそ本作の醍醐味だろう。

※偉そうに語ってますが、中国人たちの特定はどうしてもできず上記のシステムに頼ったことをここに告白します。

 

また、本作の素晴らしいところに真相の究明のアプローチが豊富であることがあげられる。単純に残留思念に残った会話から推測できるものから、直接死に関わらなくてもその場にいる人間から人間関係を推測できたり、ある時点のある行動が後の事件の伏線になっていたり、と様々な形でプレイヤーの推理力・発想力が試される。

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ここで死んだ、君の名は。

 

重要な点として、本作はプレイヤーの試行錯誤にしっかりと応えてくれる。船上で得られる情報は密接に絡み合い、プレイヤーの発想の飛躍に決着をつけてくれる。そして、謎が解ける瞬間は言うまでもなく、気持ちいい。

こればかりはプレーしてみないと実感しにくいのだが、プレーすればするほど本作は緻密に構成され、謎には手掛かりが用意され、手掛かりから謎に到達できるという確信が深まっていく。いわば謎とプレイヤーとの信頼関係が生まれていくのだ。時には調査に進展がなく、行き詰まるともあるだろうが、こうした信頼関係があるからこそ、困難な謎に頭を悩ませ続けることが可能となる。「真実に向かう意思」があればそれに応じてくれるのが本作の素晴らしい点である。

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序盤の1シーン。謎の究明には不要だが、この後起こる事象の説明となっている

 

わからないことに立ち向かう、わからないことを解き明かすことは、物語の価値であり、それによってもたらされる快感ってわりと人間に根源的に備わっていることではないかと思う。できないことが(ゲームで)できるってのが最高とは限らないが、わからないことがわかるってのは、たとえゲームの上でも 最高なのだ。

そんな快感を得ることを追求し、解くべき謎でてんこ盛りな本作のプレーがつまらないわけはない。さあ、みんなでオブラディン号の謎を解き明かそう。レッツ Obra Dinn。 

 

■オマケ 他人のプレーをみることのススメ

オブラディン号の帰還の感想を見ているとリプレイ性がない、自分で謎を解く過程にこそ価値があるから他人のプレーを見ても仕方ないというのを目にする。確かにネタバレを目にしては本作の価値はないに等しいのだが、クリア済みで機会があれば他人のプレーを見てみることをお勧めしたい。

 

我が家ではうんうんと頭を捻っては解けた!と喜び報告するわたしの姿をみて、普段あまりゲームをやらない奥さんが「わたしにもやらせろ」と言ってきた。

最初こそ、ゲーム慣れしない奥さんに操作を教え、真相を知った立場から謎解きに苦労する奥さんの姿をニヤニヤと眺めていたのだけど、ゲームを理解するにつれ、自分ではとても思いつかなかったアプローチで乗員の身元を特定し、スマートに真相に近づいていった。

その推理力はわたしをはるかに上回っていて、舌を巻くほどのものだった。さすが、毎年、春に映画館に足を運び劇場版コナンを見ているだけはある。

 

そんな奥さんも無事、オブラディン号の謎を解き、晴れやかな顔でこんな言葉を言い残した。これからオブラディン号の謎と対峙する保険調査官のみなさんに、奥さんのこの言葉を送り、困難な調査の手向けとしたい。

 

真実は、いつもひとつ

 

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